JR特急で「スーパー」「ワイドビュー」の名前をほとんど見かけなくなったワケ

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かつて多く存在したJRの特急の「スーパー」「ワイドビュー」の冠。しかし今や下火。いったいなぜなのか。

1988年に特急スーパーが登場

海岸線を走る山陰本線(画像:写真AC)
海岸線を走る山陰本線(画像:写真AC)

 1987(昭和62)年4月1日、国鉄が分割民営化され、JRグループとして新たなスタートを切った。当時、車両やダイヤ、運賃は国鉄を継承し、車体にJRマークが貼付されたことを除き、特に目新しいものはなかった。

 1年後の1988年3月13日、JRグループ初のダイヤ改正が行われた。この年は同日の青函トンネル開業、4月10日の瀬戸大橋開業で大いににぎわった。本州から北海道、四国方面へのレールがついにつながったからだ。JRは新聞1面分をまるごと使い、「一本列島」とアピール。さらに好景気(バブル景気)も相まって、空前絶後の大ブームが起こった。

 その一方、青函トンネルと瀬戸大橋の陰に隠れるように、一時代を築いた“フレーズ列車”がJR九州に現れた。その名はエル特急「スーパー有明」である。

 JRグループ初の新型車両として、JR九州が783系ハイパーサルーンをエル特急「有明」に投入する際、博多~西鹿児島(現・鹿児島中央)間の列車については、当時の在来線最高速度である時速120kmのまま、最速4時間05分にスピードアップされたことから、当該の783系列車に限り「スーパー有明」とした。列車愛称にスーパーがついた最初の列車となった。