「丸一日つぶれました」 なぜ免許センターは駅から遠すぎる場所にあるのか?――ハガキのたび憂鬱になる“時間税”の正体

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全国に94か所しかない免許センター。その多くが郊外に置かれるのはなぜか。1980年代の業務集約と即日交付を支えた“広大な用地”という合理性が、いまも利用者の移動時間という見えないコストを生み続けている。

免許センターの立地

埼玉県警運転免許センター(画像:埼玉県警)
埼玉県警運転免許センター(画像:埼玉県警)

 日本全国を見渡しても、本格的な試験コースを備えた「免許センター(試験場)」は94か所しか見当たらない。駅近にある優良運転者向けの更新窓口などは別として、実車試験や本免許の発行を担う中心的な拠点は、驚くほど少ない。地域による偏りも大きく、東京都には3か所(府中・鮫洲・江東)、千葉県には2か所あるが、神奈川県や埼玉県は、あれだけの人口を抱えながらたったの1か所だ。

 例えば1987(昭和62)年にできた埼玉県警の免許センター(鴻巣市)を訪ねようとすれば、最寄りのJR高崎線鴻巣駅から歩いて25分、バスなら10分はかかる。さらに、東武東上線の東松山駅からならバスで40分、JR埼京線の川越駅からだと約60分も揺られることになる。高崎線を使っていない人にとって、免許の手続きはそれだけで丸一日を使い切るような、重い仕事になってしまう。

 なぜこれほど不便な場所に置かれたのだろうか。当時の記録をひもとけば、広い試験コースを広げられる土地が欠かせなかったことや、試験や講習、行政処分を一か所にまとめる効率を求めたことが浮かび上がってくる。1980年代は、各地をネットワークで結ぶ仕組みもまだ整っていなかった。結局、1981年に筑波へ移った国の農事試験場跡地という、広大な国有地をそのまま使う道が選ばれた。新しい土地を買うためのお金や手間を省くことが、何よりも優先されたわけだ。

 もともと田畑を耕して作物を育てる試験をしていた場所だけに、その面積は際立っていた。当時、何より求められていたのは、コースの広さだけではない。バラバラに行われていた講習や試験のすべてを一か所に集め、膨大な事務をさばききるための建物の広さを手に入れることだった。こうした場所選びは、新しく土地を買う際におこる反対や費用の問題を避け、手近にある国営の土地を使ったという過去の流れに強く縛られている。

 免許の交付は国が独占している仕事であり、私たちに選ぶ余地はない。本来なら客を呼ぶために便利な場所を競い合うはずだが、ここにはライバルがいない。そのため、利用者が使いやすい場所よりも、組織が管理しやすい場所を優先的に選ぶという理屈が、そこではまかり通っている。

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