「丸一日つぶれました」 なぜ免許センターは駅から遠すぎる場所にあるのか?――ハガキのたび憂鬱になる“時間税”の正体
全国に94か所しかない免許センター。その多くが郊外に置かれるのはなぜか。1980年代の業務集約と即日交付を支えた“広大な用地”という合理性が、いまも利用者の移動時間という見えないコストを生み続けている。
分散化の可能性
あちこちに分けることは、理屈の上ではできるはずだ。2003年には埼玉県内のすべての警察署で、その日のうちに免許を受け取れるようになっており、情報のやり取りを邪魔するものは何もない。それなのに、不便な場所に置かれたセンターがなくならないのは、広い土地が要る試験コースと、窓口での手続きを無理にひとつにまとめているからだろう。
1987(昭和62)年9月の埼玉県議会の記録を見ると、試験や講習を一か所に集めることで、交通安全の教育を深める狙いがあったようだ。だが、広いコースが欠かせないのは、新しく免許を取る人や一部の試験を受ける人だけだ。更新のために訪れる大勢の人たちまで、同じ不便な場所へ呼び寄せる理由はない。
街のなかにあるオフィスビルでもできる講習や更新を、試験コースから切り離して進めることは、今の技術をもってすれば決して難しくはない。結局のところ、今のやり方が続いているのは、管理する側の手間を省きたいからではないか。仕事を分ければ、それぞれの場所を守るためのお金がかさみ、人の配置もややこしくなる。あちこちに分ける決断ができるかどうかは、組織の運営費を削るのか、それとも国民の時間を守るのか、どちらを大切にするかという判断にかかっている。
今の仕組みが残り続けている事実は、行政が利用者の使いやすさよりも、自分たちの管理のしやすさを優先していることを、ありのままに物語っている。