「丸一日つぶれました」 なぜ免許センターは駅から遠すぎる場所にあるのか?――ハガキのたび憂鬱になる“時間税”の正体

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全国に94か所しかない免許センター。その多くが郊外に置かれるのはなぜか。1980年代の業務集約と即日交付を支えた“広大な用地”という合理性が、いまも利用者の移動時間という見えないコストを生み続けている。

ギャップの影響

免許センターのイメージ(画像:写真AC)
免許センターのイメージ(画像:写真AC)

 今の状態と、本来あるべき姿とのズレは、私たちの暮らしにいくつもの影を落としている。まず目を向けるべきは、時間の奪われ方が公平ではない点だ。全国にたった94か所しかない「試験場」の場所には、あまりに極端な偏りがある。

 神奈川や埼玉のように、県内全域からたった一か所の郊外拠点へ、全県民を呼び寄せる構造は、都市構造として歪んでいると言わざるを得ない。人が集まる街に住む人ほど、わざわざ「コースが必要なほど広いだけの不便な場所」まで足を運ぶよう強いられる。人の暮らしがある場所と、拠点のある場所が完全にちぐはぐになっているのだ。

 わざわざ遠くまで出向かなければならない不自然な流れが、無理やり作り出されている点も無視できない。公共の乗り物が乏しい郊外に拠点があるせいで、本来なら乗らずに済むはずのバスや車を使わざるを得なくなる。これほど長い時間をかけて移動する人々がいるからこそ、特定の交通手段が使われ続けている面もある。使いにくい場所にあるというだけで、特定の移動手段を無理やり使わされる状況が生まれている。

 物事を測る物差しがゆがんでいることも、忘れてはならない。「その日のうちに免許がもらえる」という言葉が、いかにも優れたかたちのように広まったせいで、そこへ行くまでに削られる時間や体力の消耗が見過ごされている。これは、役所の仕事がはかどっているという見栄えを気にするあまり、ひとりひとりの重荷に目をつぶっている状態といえる。手続きの速さばかりが表に立ち、移動のつらさという、もっとも土台にある困りごとが覆い隠されている。

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