「丸一日つぶれました」 なぜ免許センターは駅から遠すぎる場所にあるのか?――ハガキのたび憂鬱になる“時間税”の正体

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全国に94か所しかない免許センター。その多くが郊外に置かれるのはなぜか。1980年代の業務集約と即日交付を支えた“広大な用地”という合理性が、いまも利用者の移動時間という見えないコストを生み続けている。

即日交付の革命

 1980年代の後半を振り返れば、免許証の更新は今とは比べものにならないほど手間がかかるものだった。更新の時期が来ると、警察署や教習所へ向かって講習を受け、事務を済ませる。しかし、新しい免許証が手元に届くのは一か月ほど先の話で、受け取りのためにあらためて窓口まで足を運ばなければならなかった。車を運転する人が急激に増えていた時期でもあり、この二度手間の多さや待ち時間の長さは、放っておけないほど重い課題となっていた。

 この混乱をなんとか収めようとして生まれたのが、バラバラだった講習や試験の窓口を一か所に集め、その場で新しい免許を渡すかたちだった。当時はセンターと各地の警察署をネットワークで結ぶ技術が追いついておらず、やり取りの土台を整えるまでには、かなりの年月を費やしている。

 1989(平成元)年2月27日の『静岡新聞』をひもとけば、1990年から静岡県でも警察署でその日のうちに免許を渡せるように動き出すと報じられている。当時の記事によれば、まだこうしたやり方を取り入れていたのは、茨城県警の約半分の署と警視庁だけだったという。情報をやり取りするかたちを全国に広げるのは、それほどまでに手間のかかる話だったのである。

 情報をやり取りする仕組みを整えるのにお金がかかりすぎた時代、仕事を滞りなく進めるには、物理的にひとつの場所に集まるほかなかった。各地でセンターへの集約や移転が進んだのは、情報を送るよりも人間を動かすほうが、全体としてのスピードを上げられたからだ。当時はデジタルでデータを送るコストが極めて高く、人間という実体を移動させて一か所でまとめて処理する方が、全体としては早く動けた。これは情報の流れが遅かったアナログ時代における、もっとも効率の良い進歩のかたちであった。

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