高速道路の8割が「老朽化」 リニューアル工事が渋滞を常態化、物流・地域経済に積み上がる“見えない損失”とは
改善の方向性

これまで見てきたとおり、いまの工事の進め方は、地域で暮らす人の生活の刻みに確実に影を落としている。朝夕の混雑が当たり前になり、所要時間が読めない状態が続く。数日や数週間の話ではなく、それが何カ月も、ときに年単位で続くとなれば、やり方に手を入れる余地がないとはいえないはずだ。
金武町議会が提案しているように、工事を短期間に集めて終わらせる手法も視野には入る。ただし、その場合は一時的とはいえ通行止めが発生し、別の形で移動が断たれる。どちらが楽かという比較にはならない。方法ごとに得失があり、どれか一つを機械的に選べば済む性質のものではない。
これまでの検討では、どうしても工事費や工期の妥当性に目が向きがちだった。発注する側のコスト、施工の効率、予定どおり終わるかどうか。そこが判断の中心に置かれてきたのは事実だろう。
その一方で、周辺住民が日々失っている時間や、渋滞による疲労感、買い物や通院の不便さ、地域の商売への影響といった要素は、十分に並べて比べられてきたとはいいにくい。表に出にくい負担が置き去りにされたまま、数字に表れやすい費用だけが重視されてきた面がある。今後は、そうした損失も含めて全体像を見渡し、そのうえで工期や工法を決めていく姿勢が求められる。
車線規制のかけ方そのものも、まだ工夫の余地が残る。どの時間帯に絞るのか、どの順番で区間を動かすのか。それが利用者の負担を抑える内容になっているかどうか、あらためて点検する必要がある。曜日や時間帯ごとの交通量、走っている車の種類、渋滞が起きやすい場所を細かく把握できれば、規制の置き方を実情に合わせて組み替えることも可能になる。データを蓄え、状況に応じて運用を調整していく。地道だが、混雑の集中を避けるための現実的な手立てだ。
高速道路は長いあいだ、遠くへ速く行くための通り道として語られてきた。だが最近は様子が違う。ハイウェイオアシスを日常的に使う人もいれば、隣町までの短い移動に利用する人もいる。地域の足としての役割が、以前より重みを増している。
通過する車だけを見ていては足りない。沿線で暮らす人の生活を支える道でもあるという視点に立ち、地域の実情に合った運用へと見直していく。その積み重ねが、長引く混雑の負担を和らげる現実的な方向につながっていくのだと思う。