九州新幹線最大の謎? 普通列車しか停まらない「無人駅」が新幹線駅に変貌した根本理由

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2011年に全線開業した九州新幹線。その停車駅・筑後船小屋は、かつて無人駅だった在来線との「繋ぎ目」に建設され、鹿児島本線と接続。広大な公園やスポーツ拠点を抱え、最近は西九州新幹線のルート議論でも注目を集める。

在来線と新幹線の繋ぎ目

筑後船小屋駅の在来線ホーム(画像:菅原康晴)
筑後船小屋駅の在来線ホーム(画像:菅原康晴)

 九州新幹線(鹿児島ルート)は、1972(昭和47)年に公示された全国新幹線鉄道整備法に基づき、1973年に整備計画が決定された整備新幹線5路線のひとつである。1972年は、山陽新幹線の新大阪~岡山間が開業した年でもある。岡山~博多間の開業が決まっており、新幹線を全国に整備する気運が高まっていた時期である。

 当初計画されていた整備新幹線は、東海道・山陽新幹線と同じ標準軌(1435mm)で、在来線とは別に建設するフル規格の新線だったはずだ。しかし、1973年のオイルショックや国鉄の財政悪化により、整備新幹線の建設は凍結された。それでも沿線地域では「わがまちに新幹線を」という思いが強かった。建設費を大幅に抑えるため、苦肉の策として「スーパー特急方式」が考案された。

 スーパー特急方式とは、在来線と同じ狭軌(1067mm)を使用し、一部区間だけ新線を建設する方式である。都市化が進む博多周辺などコストがかさむ区間では在来線を活用し、それ以外の区間には高速運行可能な直線的新線を建設する。最小の費用で最大の効果を発揮する設計として採用されたのである。

 スーパー特急方式は、1991(平成3)年に八代(新八代)~西鹿児島(鹿児島中央)間で新線建設が始まり、1998年には新八代~船小屋信号場(現筑後船小屋駅)の工事も着手された。つまり、筑後船小屋駅は在来線とスーパー特急新線の

「繋ぎ目」

に位置していたのである。しかし、この方式には致命的な欠点があった。博多以遠の既存新幹線に乗り入れできなかったのである。当初は「苦肉の策でもよし」とされたが、最終的には全線フル規格に変更されることになった。既に建設中だったスーパー特急方式の新線も、新幹線と同じ標準軌(1435mm)に改められた。

 2000年には博多~船小屋信号所間もフル規格で新線が建設されることとなる。その結果、新八代~鹿児島中央駅が2004年に先行開業し、2011年3月に博多~新八代間が開業して、九州新幹線は全線開業を迎えた。

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