自転車は本当に「車道」を走るべきなのか?――日本のルールは「子どもの命」を守れる? 大阪・中学生死亡事故に見る危険と制度の矛盾とは
大阪市中央区で発生した、15歳の男子中学生が観光バスと接触して死亡した事故は、個人のミスだけでは片づけられない問題を示している。自転車が法制度上「車両」でありながら、都市設計や道路環境が追いついていない現状では、事故リスクにとどまらず、医療費の増大や労働力損失といった社会的コストも拡大する。2026年春には、自転車の車道通行を前提としたルール強化が始まる見通しだ。制度だけを先行させるのではなく、安全性と移動効率を両立させる都市インフラの再設計が不可避となっている。
理想と現実のトレードオフ

自転車専用レーンの整備は都市部でも依然として遅れており、車線の再配分や路上駐車の排除、さらには道路拡幅を伴う場合には、建設費や用地取得費といった大きな負担が発生する。
一方、自転車は免許を必要とせず、子どもから高齢者まで利用者層が広い。そのため、安全教育や啓発活動にかかる費用、警察による指導・取り締まりに必要な人員など、制度運用コストも小さくない。都市では物流効率や交通流動性といった短期メリットが優先されやすく、交通安全に向けた長期投資が後回しにされる構造が続いている。
その結果として生じているのが、制度上の原則と現場の実情が一致しない「安全ギャップ」である。車道走行を前提とする制度が整備されても、車線幅、速度差、路上駐車、停車車両といった現場の条件が解消されなければ、自転車利用者は常にリスクを抱えたまま走行せざるを得ない。制度面の整理が安全確保につながらず、むしろ心理的負担が高まることで、危険行動を誘発する可能性すらある。
道路環境の地域差も無視できない。幹線道路であれば歩道転用によるレーン整備が可能でも、住宅街や駅前の狭い道路ではスペースの確保が困難であり、車道走行を前提とした安全設計そのものが成立しない。理想と現実のあいだには、構造的な制約が存在する。
求められるのは、「制度を整えれば解決する」という発想ではなく、インフラ整備・利用者教育・行政運用を同時に進める立体的な政策設計である。道路空間の再配分、教育体系の整備、市民参加型のルール運用改善など、段階的かつ費用対効果を踏まえた戦略が必要となる。安全確保とコスト抑制の両立こそが、持続可能な都市型モビリティの前提である。