ホンダはなぜ「デートカー」を現代に蘇らせたのか? 20年ぶり復活プレリュードを再考する
20年の時を経て、衝撃的な復活を遂げた「デートカー」プレリュード。ホンダはなぜ、バブルの象徴を現代に蘇らせたのか? 実用車のイメージを覆し、電動化時代でも「操る喜び」を貫くという、ホンダがこの一台のクーペに込めた野心的な思惑を読み解く。
実用路線に転じたホンダの戦略転換

プレリュードが築いた黄金時代は長く続かなかった。バブル経済の崩壊とともに、日本の自動車市場と消費者の価値観は大きく変化した。
1990年代初頭のバブル崩壊は日本社会を直撃した。経済停滞は消費マインドを冷え込ませ、自動車に求められる価値は「見栄え」や「ステータス」から「経済性」や「実用性」へと大きくシフトした。ミニバンやスポーツタイプ多目的車(SUV)といった実用車が市場の主役となり、クーペ市場は急速に縮小した。プレリュードもその流れに抗えず、2001年に20年以上の歴史に幕を下ろした。
ホンダはクーペ市場から撤退後、時代の要請に応える戦略を選んだ。高効率で実用的なモデルの開発に経営資源を集中させたのである。その結果、ファミリー向けミニバンのステップワゴンや、軽ハイトワゴンのN-BOXといったヒット車種が誕生した。
この戦略はホンダに安定収益をもたらした。しかし同時に、同社は「実用的で堅実なクルマをつくるメーカー」というイメージに染まっていった。