ホンダはなぜ「デートカー」を現代に蘇らせたのか? 20年ぶり復活プレリュードを再考する

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20年の時を経て、衝撃的な復活を遂げた「デートカー」プレリュード。ホンダはなぜ、バブルの象徴を現代に蘇らせたのか? 実用車のイメージを覆し、電動化時代でも「操る喜び」を貫くという、ホンダがこの一台のクーペに込めた野心的な思惑を読み解く。

税制・デザインが生んだ高級感

初代~5代目プレリュード(画像:本田技研工業)
初代~5代目プレリュード(画像:本田技研工業)

 プレリュードがデートカーという唯一無二の地位を築いた背景には、1980年代後半の日本が経験した特異な社会経済状況がある。すなわちバブル景気だ。

 バブルが頂点を迎えた1987(昭和62)年に登場した3代目プレリュードは、社会現象と呼べるほどの人気を博した。若者は可処分所得の増加を背景に、贅沢で洗練されたライフスタイルを志向していた。その欲望に応えるかのように、プレリュードは「ハイソ」な雰囲気をまとっていた。

 成功の要因は、若者にとって

「手が届く存在」

であったことだ。当時、日本では3ナンバー車の税負担が極めて高く、所有のハードルは依然として高かった。

 一方、プレリュードは維持費の安い5ナンバー車でありながら、高級輸入スポーツカーを思わせるデザインを備えていた。若者は経済的な負担を抑えつつ、ハイエンドなカーライフを楽しむことができたのである。

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