「絶海の孤島」だったお台場が、大人気観光地に変貌した根本理由

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お台場は1996年の都市博中止後も年間数百万人の観光客を集め、多様な交通網が支える独自の発展を遂げた。行政計画の頓挫が自由な街づくりを促し、観光と居住が共存する稀有な都市空間を形成している。

非日常と定住の二重構造

お台場(画像:写真AC)
お台場(画像:写真AC)

 1997(平成9)年、フジテレビが新宿区河田町からお台場に本社を移転した。この移転により、フジテレビはお台場の象徴的な存在となった。移転そのものを番組の企画に取り込むという演出が話題を呼び、メディアの注目が一気に集まった。こうした発信によって、お台場は「ゆるい非日常」の空間としての印象をさらに強めた。

 一方で、こうした娯楽的な印象とは対照的に、お台場では住宅地としての側面も広がっていた。

 2003年当時、台場1丁目の人口は4502人だった。一方、台場2丁目には居住者はいなかった。しかし2006年、高層タワーマンション「ザ・タワーズ台場」が完成。同年9月には、2丁目の人口が606人まで増加した。2025年7月時点では、台場1丁目の人口は4554人、2丁目は978人となっている。

 同様の傾向は、フジテレビ移転前年の1996年にも見られた。1996年3月の時点で、お台場には住宅・都市整備公団(現在の都市再生機構)が運営する賃貸住宅が10棟、計1302戸あった。交通の便に乏しく、商業施設や医療機関も少ない時期であったが、入居希望者は多かった。都市再生機構が運営する「シーリアお台場三番街」では、平均入居倍率が26.8倍に達していた。最上階の部屋の倍率は615倍にのぼった。

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