『ドラえもん』に登場した「空き地」はなぜ消えたのか?──昭和時代まで日常だった“余白のある”風景の終焉とは
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ドラえもんの「土管のある空き地」はなぜ消えたのか? 1970年代まで日常だった風景が、なぜ現代都市から姿を消したのか。地価の4倍超高騰、471の自治体が定める「空き地条例」の背景に迫る。
再開発促進制度による空白地消失

1970年代まで空き地が残存できた主な理由は、これらが都市計画の周縁部(都市や地域の中心部から離れた外側の部分や縁辺のエリア)に位置していたためだ。郊外の農地に隣接するエリアや、古い工場や建物が取り壊された後、使い道が決まらない場所は「いつか何かになるかもしれない」という曖昧な状態で放置されていた。しかし土地価格の上昇が、その放置を許さなくなった。
さらに1990年代以降、都市再開発を促進する制度が急速に整備された。空き地は再開発の名目で次々と消失していった。例えば2002(平成14)年に導入された
「再開発促進区域制度」
は、都市の低未利用地を面的に指定し、高度利用と土地集約を一体的に推進する方針を明確化した。加えて土地区画整理事業、市街地再開発事業といった従来の手法も活発化した。狭く使いにくい空白地まで埋め尽くし、都市の未達成領域を塗りつぶす役割を果たしたのである。
具体例として豊島区東池袋4丁目や渋谷駅桜丘口周辺が挙げられる。2000年代初頭までは
・木賃住宅
・小さな工場
・雑居ビル
・駐車場
などが混在していた。バブル期に地上げされたまま放置された土地も含まれる。しかし2000年代以降の大規模再開発で、これらはタワーマンションや高層オフィスが集積する巨大複合空間へと変貌した。
こうした事例は、雑多で用途の定まらなかった隙間が、都市の最適化という名のもとに計画に組み込まれ、偶発性や柔軟性を失っていった実態を示している。