「電車が止まるストライキ」はなぜ消えたのか? 「20万人が線路を歩いた日」から半世紀──今や全面運休すらないその理由とは
かつてストで電車が止まり、人々が線路を歩いた。1975年の「国鉄スト権スト」には20万人超が参加し、社会機能は一時停止した。だが今、鉄道ストは影を潜め、あの光景は姿を消した。労組の弱体化と社会構造の変容がもたらした“昭和的インフラ社会”の終焉とは何だったのか。
国鉄の特異性とストライキの定義
ストライキは、労働者が賃金や労働条件の改善を求めて業務を停止する行為で、日本国憲法第28条により保障されている。目立った事例としては、2004(平成16)年に日本プロ野球選手会が球団数削減と1リーグ制への移行に反対し、ストライキを実施したケースがある。
鉄道運営者による典型的なストライキは、列車の運行を止めることだ。日本の鉄道業界では労働組合の力が強く、とくに国鉄では春闘時に賃上げや労働環境を巡って激しく対立した。労働者側が「電車を止める」事態に発展することも少なくなかった。
ただし、法的には国鉄職員のストライキは原則として違法とされていた。当時の国鉄は公共企業体であり、職員には「公共企業体等労働関係法」によって労働基本権、特に争議権が制限されていたからだ。
こうした複雑な構造を抱えながらも、現実には「ストで電車が止まる」「人が線路を歩く」といった事態がたびたび発生していた。