追悼いしだあゆみ 77年の名曲「私自身」はなぜ現代人に刺さるのか? 「東京湾の船の灯が…」孤独、虚無感…シティポップ再評価で考える
いしだあゆみの名曲「私自身」が時代を超えて共感を呼ぶ理由を探る。1977年、都市の変化を背景に描かれた孤独と選択の自由は、現代の都市生活者にも深く響く。シティポップの名曲として再評価され、今なお多くの人々の心に残るその魅力とは?
「シティポップ」の文脈で捉える「私自身」

1970年代後半から1980年代にかけて、日本のポピュラー音楽は、現在「シティポップ」と呼ばれるジャンルを形成した(当時はニューミュージック)。従来の歌謡曲とは異なり、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)やソウル、ファンク、フュージョンなどの影響を受けた洗練されたサウンドが特徴だった。都会的なサウンドと洗練されたアレンジを持ち、海外の音楽シーンとも呼応しながら進化していった。
「私自身」は、その流れを先取りするような楽曲だった。細野晴臣によるアレンジは、都会的な洗練と軽やかさを兼ね備え、鈴木茂のギター、吉田美奈子のコーラスが楽曲に深みを与えている。いしださんの歌唱もさることながら、ベースラインのグルーヴ感や、キーボードの響きも印象的だ。
こうした音楽的要素が、この曲を単なる楽曲ではなく、時代を超えて聴かれるシティポップの名曲として成立させている。
都市に生きる人々の孤独、選択の自由と不安、そして生活のなかにふと訪れる虚無感。「私自身」に描かれたこれらの感情は、2020年代の現在でも、多くの人々に共感されるものだ。
現代の都市生活者もまた、スマートフォンやSNSの普及によって常に誰かとつながりながらも、どこかで孤独を感じている。そして、結婚やパートナーシップに対する価値観が多様化するなかで、「結婚なんか考えてます」というフレーズに共鳴する人は少なくないだろう。
さらに、現在の音楽シーンでは、1970年代・1980年代のシティポップが世界的なリバイバルを迎えている。海外のリスナーが日本のシティポップを再評価し、新たなファン層が生まれるなかで、「私自身」もまた、時代を超えて響き続ける楽曲として再発見されている。