異彩のフラッグシップ! 日産「インフィニティQ45」のグリルレスはむしろ偉大なる個性だった【連載】90’s ノスタルジア・オン・ホイールズ(7)

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1990年代は、バブル崩壊後も未来への夢と希望に満ち、国内の自動車産業も活況を呈していた。本連載では、当時のクルマ文化を探るとともに、興奮を読者に甦らせる。

販売台数と情熱の乖離

1990年代のイメージ(画像:写真AC)
1990年代のイメージ(画像:写真AC)

 インフィニティQ45は前記のマイナーチェンジのほか、幾度かの仕様変更を経たものの、その人気が爆発的に高まることはなかった。そして1997(平成9)年8月に次期モデルをシーマをベースとしたものに変更すると同時にその販売を終えた。

 デビューから終売までの販売台数は2万3684台である。この数字はほぼ同時期にデビューし、一足早く1994年10月にモデルチェンジされた初代トヨタ・セルシオの11万5444台に遠く及ばないものだった(約21%)。

 とはいえ筆者個人的な印象としては、ここまで販売台数に差が生じる程、クルマの出来に差はなかったと思っている。何よりもインフィニティQ45にはバブル時代特有の

・思い切りの良さ
・強いメッセージ性

があった。

 クルマにとって大切なことはハードウエアとしての完成度のほかに

「誕生に際しての動機とそこに至るまでの情熱」

がある。インフィニティQ45には、まさしく日産の黄金時代を象徴する情熱があった。

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