四国新幹線「岡山ルート」で4県一致も 人口減少止まらぬ厳しい現実、昭和の“カミソリ後藤田”も「必要ない」と明言していた!
実現に向けた機運、21世紀に高揚

このとき、同じ徳島県選出で元官房長官の後藤田正晴(後藤田正純徳島県知事の大叔父にあたる)は、鉄道用のスペースの確保に真っ向から反対していた。鋭い舌鋒(ぜっぽう)や判断力から“カミソリ後藤田”とあだ名されていた後藤田は、四国新幹線の整備計画そのものにも疑問を呈していた。
瀬戸大橋が開通し、次は新幹線と期待されていた頃、後藤田はインタビューでこう答えている。
「もう鉄道が輸送の中心を占める時代は終わったんだ。整備新幹線計画さえ、どうにもならなくなっているのに、四国新幹線なんて。鉄道トンネルなんて、必要ない」(『朝日新聞』1988年3月1日付朝刊)
それでも徳島県は、大鳴門橋経由の新幹線実現にこだわり続けた。徳島県だけが主張していたわけではなく、1980年代には運輸省も紀淡海峡にトンネルや橋を架けることを検討していた。このような混乱にバブル崩壊後の不況が加わり、四国新幹線の実現性は次第に低くなっていった。
しかし、21世紀に入り、その実現に向けた熱意が再び高まり始めた。特に、四国新幹線と同じく挫折と幻に終わったリニア中央新幹線の着工の影響は大きかった。
こうして四国では「四国新幹線整備促進期成会」が結成され、2023年5月に当選した後藤徳島県知事は、期成会が求めていた岡山ルートを支持し、ようやく新幹線建設を求める声がひとつになった。
しかし、各県民の間で新幹線実現への機運が高まっているかどうかは疑問が残る。計画案が50年間も前に進んでいないことから、すでに諦めムードが強い。また、新幹線が開業すれば大阪など大都市圏への所要時間が短縮されるという話もあるが、これには高い代償をともなう。
既報のとおり、四国の鉄道路線は軒並み赤字である。新幹線開通後、在来線が寸断される可能性は高い。実際、2022年に部分開業した西九州新幹線では在来線の特急が大幅に減便されており、四国新幹線開業後も同様の現象が起こる可能性は高い。