自動車vs路面電車 横浜「交通戦争」と消えた市電レールとは

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横浜市にはかつて、市内を路面電車が縦横に走っていた。最盛期の路線総延長は52km。東京~藤沢間に匹敵する距離である。なぜ、横浜市電は持ちこたえられなかったのか。

最盛期の路線総延長は52km

横浜市電(画像:横浜市交通局協力会)
横浜市電(画像:横浜市交通局協力会)

 横浜市にはかつて、市内を路面電車が縦横に走っていた。最盛期の路線総延長は52km。東京~藤沢間に匹敵する距離である。

 これほどの路線網はしかし、合理化の議論が具体化してからわずか6年で全廃されてしまった。

 しばしばいわれるモータリゼーションが理由のひとつだが、それだけではない。戦後の高度成長とともに急速に膨張した郊外都市の構造自体が、路面電車を抱えきれなかったのだ。

 2023年8月には、宇都宮市に全く新規の路線として、次世代型路面電車(LRT)が開業する。環境に優しく、早くて快適で、シンボル性もある乗り物として路面電車が見直されて久しい。

 なぜ、横浜市電は持ちこたえられなかったのか。かつての「廃止ドミノ」の時代を改めて見つめ直すと、現代のローカル線廃止問題にも通ずる「構造」が浮かび上がってくる。

私鉄をルーツに、戦後最盛期を迎える

関東大震災直後の銀座。1923年 (画像:時事)
関東大震災直後の銀座。1923年 (画像:時事)

 横浜に路面電車が初めて敷かれたのは1904(明治37)年。当初は私鉄の横浜電気鉄道だった。繁華街を中心に路線を延ばし、1921(大正10)年には市営化され横浜市電となった。

 1923年の関東大震災、1945(昭和20)年の横浜大空襲という2度の大打撃を受けながらも、その都度復活を遂げ、市内交通の主軸として確立。1956年には井土ヶ谷線約2.1kmが新規開通し、総延長は52kmに到達した。

 現在、横浜市には18の区があるが、市電が敷かれたのはこのうち古くからの繁華街、市街地である7区のエリアである。折しも高度成長期の初期、横浜市電は過去最長の総延長となり、最盛期を迎えたわけである。

 しかし、活況は長くは続かなかった。わずか10年後の1966年、生麦線約4kmと中央市場線約0.6kmが廃止されたのを皮切りに、以降は毎年、路線が短縮されていき、1972年3月末に全廃となってしまった。

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