大都市圏の「終電」はいつから深夜遅くになったのか? コロナ以前は0時台でも大混雑、意外と古くない歴史をたどる

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ヤフーの調査で、終電を逃す人の割合が多い駅は「水道橋駅」ということがわかった。そういえば、終電はいつから遅い時間になったのだろうか。

1987年のさらなる増発

バブル期のトヨタ・マークII(画像:写真AC)
バブル期のトヨタ・マークII(画像:写真AC)

 また、この改正では高尾行き通勤快速も、東京・新宿駅発が合計9本導入されている。

 このとき、最終の東京駅発は0時6分になった。総武線でも東京駅発千葉行きの最終は22時15分から23時11分発と大幅に繰り下げられている。

 翌1987(昭和62)年、JR東日本ではさらに大幅な深夜帯の列車増発を実施している。同年6月5日から山手線・京浜東北線・中央線・総武線・常磐線で、毎週金曜日の深夜22時以降を増発したのだ。

 理由は、週休2日制の定着で「花金(花の金曜日)」、すなわち土曜出勤を気にせずに夜遅くまで楽しめるようになり、深夜の混雑が深刻になっていたためだ。

当時、京浜東北線の品川~大井町駅間、総武線の秋葉原~浅草橋駅間では、金曜日22時以降の乗車率は250%、山手線の池袋~渋谷間は200%という激烈なラッシュになっていた。

約7割の人が「もっと遅くてもよい」と回答

上昇する株価のイメージ(画像:写真AC)
上昇する株価のイメージ(画像:写真AC)

 この社会情勢を背景に、1988(昭和63)~1989(平成元)年にかけて首都圏の各鉄道会社でも増発と終電繰り下げが相次いでいる。

 例えば、営団地下鉄(現・東京メトロ)では1989年10月のダイヤ改正で、銀座線の渋谷発上野行きの上野着時間を0時24分から0時35分に繰り下げ。丸ノ内線では池袋着時間が0時23分から0時31分に繰り下げられている。

 ところが、それでもなお乗客には不満があった。

 1991年に日本民営鉄道協会と東京都交通局が行った調査によると、公共交通の終電時刻について67%の人が「もっと遅くてもよい」と回答している。その理由として挙げられたものの上位は、

・生活の深夜化
・深夜で都心に遊びたい

だった。

 この当時、日本社会は「夜型」が急速に進行していた。デパートでは20時までの営業が当たり前となり、コンビニエンスストアやファミリーレストランなど、24時間営業も珍しくなくなっていた。

 そのため、この当時は深夜帯の増発では足らず、近い将来には鉄道とバスが24時間運行が当たり前になる、と予測されていた。

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