中国偵察気球より「風船おじさん」を思い出せ! 平成初期・太平洋横断への飽くなき情熱、冷めた令和人こそ再注目だ
- キーワード :
- 気球
1992年11月23日、冒険者を自称する鈴木嘉和氏が、滋賀県の琵琶湖畔からゴンドラを付けた風船で米国を目指して飛び立った。覚えているだろうか。
「気球」といえば……

安全保障において昨今、「気球」が注目を集めている。発端は2月4日、米国東部サウスカロライナ州の大西洋沖の高度1万8000m付近で、米空軍が「中国軍の偵察気球」とされる物体を、F22ラプター戦闘機の発射した「AIM9Xサイドワインダー」で撃墜した。これに対して中国政府は、気象研究用の気球が迷い込んだものだとし、米軍の撃墜を「過剰な反応」だとして非難の応酬になっている。そんななか、筆者(ハプスブルク吉野、ビークル愛好家)が思い出すのは、1992(平成4)年に米国を目指して飛び立ち、こつぜんと姿を消した「風船おじさん」である。
1992年11月23日、冒険者を自称する鈴木嘉和氏が、滋賀県の琵琶湖畔からゴンドラを付けた風船で米国を目指して飛び立った。飛び立った鈴木氏は25日、宮城県沖約800kmの海上で姿を発見されたものの、その後姿を消した。そして現在に至るまで、消息は明らかではない。
冒険はメディアで格好の話題となった。日々、その消息が伝えられた鈴木氏は風船おじさんの名で広く知られるようになった。冒険が失敗に終わったことで、現在では
「無謀な行動で世の中を騒がせた人」
の代名詞のように記憶されている。だが、その度を超えた無謀さゆえに一種の尊敬の念も絶えない。そんな人物の事跡を今一度振り返ってみよう。