中国偵察気球より「風船おじさん」を思い出せ! 平成初期・太平洋横断への飽くなき情熱、冷めた令和人こそ再注目だ

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1992年11月23日、冒険者を自称する鈴木嘉和氏が、滋賀県の琵琶湖畔からゴンドラを付けた風船で米国を目指して飛び立った。覚えているだろうか。

1989年横浜博覧会での籠城事件

1990年頃のみなとみらい地区の航空写真(画像:国土地理院)
1990年頃のみなとみらい地区の航空写真(画像:国土地理院)

 鈴木氏がその名前を知られたきっかけは、やはり風船だった。ピアノ調律師だった鈴木氏は、音楽サロンなどの飲食店の経営やピアノ教材の販売など、さまざまなビジネスを行う意欲的な人物だった。

 メディアに登場したのは1989(平成元)年、神奈川県で開かれた横浜博覧会(YES89)でのことだった。このとき、鈴木氏は会場の高島町ゲート脇に飲食店を出店していた。この博覧会は、横浜市制100周年・開港130周年かつ「みなとみらい21」のお披露目として開催された。

 ただ、鳴り物入りで開催されたにもかかわらず、客が全く入らなかった。その悲惨なありさまは

「今年の不振は自民、西武、横浜博」

という言葉を生んだほどだった。集客が不振な上に、鈴木氏が出店した高島町ゲートの直近は団体バス駐車場だった。客足が伸びないためにバスで乗り付ける団体客は少なく、かつマイカー客の集客も期待できなかった。これに業を煮やした鈴木氏は博覧会開催中の7月30日に、マスコット「ブルアちゃん」の着ぐるみを着て会場内の鉄塔に登り、1時間あまり籠城する事件を起こした。

 博覧会側は厳重注意を行ったが、同時に鈴木氏の要求も受け入れた。それは、鈴木氏が集客のために提案していた「空中散歩」である。自腹を切ってそろえた風船にゴンドラをつけ地上10~20mの高さまで浮かぶことができるといったものだ。料金は無料で、会場内の大観覧車やヘリコプター、宇宙館のアストロキャンプよりも楽しめると、話題を集めた。

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