中国偵察気球より「風船おじさん」を思い出せ! 平成初期・太平洋横断への飽くなき情熱、冷めた令和人こそ再注目だ
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1992年11月23日、冒険者を自称する鈴木嘉和氏が、滋賀県の琵琶湖畔からゴンドラを付けた風船で米国を目指して飛び立った。覚えているだろうか。
成否を顧みない熱情を学べ

米国での気球をめぐる事件を聞いたとき、筆者がふと風船おじさんが思い出したのは、無謀ともいえる大冒険に
「成否を顧みずに挑戦したことにロマン」
を感じるからにほかならない。それは現代でも受け継がれている。
2022年9月に刊行された、山野辺太郎氏の小説『孤島の飛来人』(中央公論新社)で、主人公の「僕」は小笠原諸島の父島を目指し、ビルの屋上から飛び立つ。そのモチーフとなったのは、鈴木氏の大冒険だ。当時高校生だった山野辺氏は鬱屈(うっくつ)とした日々に、壮大で向こう見ずな熱気を感じたという。
情熱のままに冒険に旅立ち、帰ることはなかったが、いまだにその名を歴史に刻む者は多い。1974(昭和49)年、フィリピンのルバング島で小野田寛郎氏を発見した鈴木紀夫氏は、続いて雪男に出会う冒険に旅立ち、1986年ヒマラヤで消息を絶った。
人類未到のサハラ砂漠単独横断を志した上温湯(かみおんゆ)隆氏は、1975年の冒険の途上で倒れた。風船おじさんもまた、彼らと同列の見果てぬ夢を追い続けた冒険家のひとりであろう。
インターネットが普及した現在は、1990年代以上の抑圧を抱えている。あの、成否を顧みない熱情をわれわれ令和人も見習いたいものだ。挑戦した人間を“後出しじゃんけん”で冷やかすことほどたやすいことはない。