東海道の旅、江戸から伊勢までの「旅費」はいくらだった? トラップだらけの道中をたどる
江戸時代の旅は大抵、徒歩だ。そうなると日数がかかるというわけで、心配になるのが宿代、宿泊費である
無法地帯だった川越え料金
川越えの料金は、旅人の足元を見てやたらに高額な値を付けるなど、無法地帯だった。これに困った奉行は川越え人足を統括し、番屋をもうけて料金を統一した。
旅人は川札を番屋で購入して人足に渡す。人足は川札を確かめ、ねじり鉢巻きで旅人を肩車で川を超える。しかし、いくら料金が一律になったといっても、やはりそこは江戸時代のことなのであってないようなものだ。
川札の料金は深さによって変わるが、水深が人足の腰帯あたりであれば48文、脇下あたりになると90文だった。これに、人足は酒代をねだるのでどんどん額はつり上がる。
肩車でこの値段で、1枚の板を4人で担ぐ連台渡しとなると、48文×4人分だ。川が深いときにあたると、90文×4人分で360文もかかる。宿賃よりも高い。
少人数の旅ならばこれで何とかなるが、参勤交代ともなると大変なことになる。お殿様の大名行列でも川越え料金は同額で、しかもお殿様となれば肩車というわけにもいかない。4人どころではなく16人ほどで担いだり先導する例もあったらしく、こうなるとお殿様だけで1両は軽く飛んだ。
ほかにも、家臣など人間のほかに、かごや長持、馬などの荷物もある。こちらの料金も当然必要だ。10万石クラスの大名行列の川越えで30~40両、70万石クラスだと100両かかった例もあったらしい。