「キセル = 犯罪行為」なのになぜ平気でいられるのか しかも、かつては「キセル研究会」まで存在していた!

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現在では信じがたいことが、かつてはキセルをはじめとした不正乗車を正当化する風潮があった。その歴史を振り返る。

4時間で3万8000人!

入場券(画像:写真AC)
入場券(画像:写真AC)

 もちろん国鉄時代から、不正乗車が見過ごされていたわけではない。1979(昭和54)年7月29日、夏休みも始まったばかりの日曜日に、当時の東京南鉄道管理局では、東京、新橋、川崎など14駅のホーム階段付近に臨時改札口を設け、413人を動員して特別改札を実施した。

 時間は午後3時半から同7時半までの4時間だけ。ところが、この4時間だけで、不正乗車でひっかかった乗客は約3万8000人。実に乗客の10人に2人がキセル乗車をしようとしていたのである。多くが海水浴に出かけた者だったのか、9割は若い男女。しかも7割は女性だった。

 手口としては初乗り料金で乗車後、定期券で改札口を出ようとする者や、あらかじめ購入していた入場券を用いる者が多かったとされる。当時、入場券は番号で発売時刻が分かるようになっていたのだが、それでも「ホームのベンチに4時間いた」と切り返して逃れようとした者もいたという。

『週刊読売』1977年10月15日号では、さまざまな不正乗車の手口が紹介されている。この頃、問題になっていたのは、国電の自動券売機での初乗り60円切符を用いた不正行為だ。当時、60円切符は発売されたうちの7割が回収されずに消えてしまうとされていた。要は、キセルの定番として利用されていたわけだ。

 これに対して、当時の東京鉄道公安室では、取り締まりを強化することにした。その方法は、私服で券売機の前で張り込み、「どうもくさい」とにらんだ乗客を尾行するというもの。この時尾行した10人のうち7人が、いずれもキセルを行っていたのだが、そのうちの一人は不正の規模が大きかった。

 その中年サラリーマンは、新橋駅から山手線で上野駅へ。そして東北本線の特急「ひばり11号(上野~仙台)」に乗り換えたのだ。そのまま仙台まで乗車し、通勤定期で平然と改札を抜けた。これでいい気になったのか、飲み屋に入ったサラリーマンは「タダ乗りで出張旅費をごまかした」と女将(おかみ)に自慢しているところを御用になったのである。

 この記事では、東京都文京区の小学6年男児の不正乗車事件も紹介しているが、こちらもダイナミックだ。池袋駅から子ども料金40円の切符で乗車した男児は青森へ。一度東京に戻った後、急行列車で大阪へ。さらに西鹿児島まで到達したのである。その間、一度も検札で見つかることもなかった(ちなみに「子どもが行方不明」と騒ぎになっていた)。

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