「新幹線の技術が中国に盗まれる」 JR東海・葛西敬之が危惧した過去と現在、安倍晋三との蜜月で政府と一体化した「最後のフィクサー」とは

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2022年5月に亡くなった元JR東海会長・葛西敬之。その人生は常に権力と共にあり、日本を裏から動かしてきた。

リニア中央新幹線への執念

葛西が実現に執念を見せたリニア中央新幹線(画像:JR東海)
葛西が実現に執念を見せたリニア中央新幹線(画像:JR東海)

 その葛西が実現に執念を見せたのが、リニア中央新幹線だった。葛西は「のぞみ」の導入とスピードアップ、そして新幹線品川駅の開業によって東海道新幹線を大幅に強化し、JR東海を大きく成長させた。

 一方、新幹線の中国への輸出には当初から批判的だったという。JR東日本の松田ら多くの財界人が前向きだったなかで、

「技術が盗まれる」

ことを葛西は警戒していた。実際、新幹線の技術は中国側によってコピーされてしまうわけだが、中国を再び突き放す技術として葛西はリニアに期待していた。

 もともと自著の『飛躍への挑戦』で

「分割民営化の渦の中でリニアの技術開発のことなど忘れ去っていた」(235ページ)

と書くように、葛西はリニアに熱心なわけではなかったが、実験の進展とともに次第にリニアに期待するようになり、2011(平成23)年のルート決定を経て、本格的な工事を開始した。

 当初は、東京~名古屋を先行して開業させ、その後、経営体力を回復させてから大阪まで延伸させる予定だったが、経済政策をアピールしたい当時の安倍首相からの要請もあり、2016年には3兆円の財政投融資を使った長期借り上げを申請し、東京~大阪間の全線開通を目指すこととなった。

 そして、この2016年は葛西が間質性肺炎という診断を受け主治医から余命5年と告げられた年でもあった。財政投融資の受け入れを渋っていた葛西が、受け入れを決断した背景には、自らの目の黒いうちにリニア実現の道筋をつけたいという思いがあったとも考えられる。

 中国に対して再び技術でリードし、日本経済再生の起爆剤となる、これは葛西と安倍がともに見た夢といえるだろう。しかし、そのリニアの工事は静岡県での南アルプストンネル工事をめぐる問題で停滞することになる。

日本を操った葛西敬之と安倍晋三

森功『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(画像:講談社)
森功『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(画像:講談社)

 2022年5月25日に葛西は亡くなるが、入院中の葛西を安倍と国家安全保障局(NSS)長を務めた北村滋がふたりで3度も見舞ったという。

 葛西は安倍に「国家の行く末を頼む」と話したというが、その安倍も7月8日に凶弾に倒れた。

 本書には

「この10年のあいだ、葛西と安倍のふたりは日本の中心にいて、この国を動かしてきた」(13ページ)

と書かれているが、本書は葛西敬之という人物を知るだけではなく、日本の「この10年」がどのようなものだったかを考える上でも非常に興味深い本になっている。

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