なぜ交通事故の犠牲者は“弱者”に集中するのか? スマホ運転「リスク4倍」の裏にある世界の現実
スマホ運転4倍の裏にある現実

脇見やうっかりといった、運転への集中をそぐ要因は数多くある。そのなかでもスマートフォンによる意識の分散は、道路をめぐる安全を脅かす問題として年々深刻になっている。
実際、運転中にスマホを触るドライバーが事故に絡む確率は、使っていない人に比べて約4倍も高い。画面や端末に気を取られれば当然、ブレーキを踏むまでの時間や信号への反応は遅れ、車線をまっすぐ維持することや適切な車間距離を保つことも難しくなる。ましてや手元での文字入力やメッセージの送信となれば、危険度は跳ね上がる。これはハンズフリー通話なら安心かというと決してそうではなく、手持ち通話と安全面での大差はない。だれかと話す行為そのものが、前方の注意を奪うからだ。
この背景には、IT企業が消費者の時間や関心を奪い合うビジネスの仕組みが、物理的な運転スペースにまでなだれ込んでいる現実がある。スマホがもたらす便利さという個人の得が、道路全体の安全というみんなの財産を削り取っている。
とりわけ走行中に画面を覗き込まざるを得ない背景には、今の配送サービスやライドシェアなどに代表される、ネットを介して単発の仕事を請け負う働き方の広がりが影を落とす。ドライバーは次の仕事を競って手に入れるため、あるいは運営システムが求める時間制限に応じるために、走っている最中であってもスマホの画面をにらみ続けなければならない経済環境に置かれている。
スマホ運転による事故の増加は、運転手個人のマナー不足といった問題にとどまらない。効率を追い求める新しい経済の仕組みが、その分のしわ寄せを現場の労働者や、周囲を行き交う歩行者らに押し付けている格差の縮図と言える。
さらに、事故が起きてからの対応の遅れが、怪我の程度をさらに悪化させる。負傷者の手当ては時間との戦いであり、ほんの数分の遅れが命の分かれ目になる。この事後対応を良くしていくには、素早い救急搬送の流れを整えるだけでなく、専門の研修などを通じて現場と病院の双方の受け入れの質を高めていかなければならない。しかし、怪我人が出てから医療にお金を投じるのは、どこまでいっても起きてしまった後の費用負担にすぎない。
リポートが指摘するように、交通事故による負傷はあらかじめ防げるものであり、国は安全への取り組みを網羅的に進めるべきだ。そのためには運輸や警察、医療、教育といった役所の縦割りを越えるだけでなく、民間企業や市民の協力が欠かせず、道や車、そしてそこを歩くすべての人の安全を守る取り組みが求められる。
有効な手だてとしては、あらかじめ安全に配慮した道路の形を練り上げ、街づくりや交通の計画に安全の機能をあらかじめ組み込んでおくこと、車の安全性能を高めること、被害者への救護体制を強めること、主な危険要素を取り締まる法律を作って運用すること、そして人々の意識を高めていくことが挙げられる。これらは、巨額の経済の損失を食い止めるための、
「未来に向けた成長投資」
と受け止めるのが自然だ。スマホの画面に目を奪われていても危ない走りができないように道路を直したり、先をいく安全技術の普及を促したりする取り組みが要る。今まさに取り組むべきは、低所得国や中所得国で命を落とする人や怪我をする人を減らし、弱い立場の人ばかりが犠牲になる流れを止めるための、交通環境の抜本的な転換だろう。