なぜ品川駅の女子トイレには「11枚」の貼り紙が並んだのか? 海外3000万人分析が突きつけた人流管理の変化とは
施設拡張から心理誘導への転換

続いて研究チームは、歩く速さの違いや群衆の流れへの追従など、さまざまな要素を取り入れた理論モデルを構築した。しかし、実際の駅で観測された人の流れを正確に再現できたのは、この効果を組み込んだ場合だけだったという。
最初に動く少数の人の流れを意図的に導ければ、その後ろに続く多くの人々の動きにも影響を与えられる可能性がある。今後のインフラ整備は、多額の費用をかけて通路を広げる工事だけでなく、床面に動く光を映すなど、人の行動特性に働きかける手法にも目が向けられるかもしれない。研究チームは、
「これらの研究結果は、見知らぬ人同士の短時間で小規模な相互作用が、大規模な歩行者の動きに影響を与える可能性があることを示しており、群衆管理、都市設計、そして公共空間における社会行動のより広範な理解に大きな影響を与える」
と結論づけている。
かつて東京の品川駅では、構内の女子トイレ入口に「男性化粧室ではありません」と書かれた掲示や女性用トイレのマークが11枚並ぶ様子が話題になった(2018年)。もともとその場所にあった男子トイレが工事によって移転したため、事情を知らない男性が誤って入るケースが相次いだからだ。
それまでの記憶のまま歩く人の後ろについていく行動がなければ、ここまで大きな問題にはならなかっただろう。この事例は、文字による案内だけでは限界があることを示している。人は
「情報量が増えるほど案内そのものを見なくなる」
ことがあり、看板を増やしても期待した効果が得られず、管理費の増加につながる場合もある。
今回の知見は、今後より安全な交通基盤の整備や、リアルタイムの群衆管理への活用が期待されている。
前を歩く人についていく行動は、不慣れな場所で不安を感じたときに生じやすい。多くの人が行き交う大規模なターミナル駅で戸惑いや警戒感を抱くのは自然なことであり、周囲の流れに従うのも不思議ではない。だからこそ、これからの駅運営は、人が周囲の行動に影響を受けやすいことを前提に考える必要がある。合理的な判断だけを想定して施設を拡張するのではなく、人の行動特性を踏まえた誘導手法を取り入れていくことが、今後のインフラ運営で重要になっていくだろう。