「1兆円の約束を破ります」 フォードの巨額契約解除、なぜ誰も怒らないのか? EV狂騒曲の幕引きと、容赦なき“止血”の是非
フォードが断行した約65億ドルの電池契約解除は、EVバブルの清算を告げる強烈な一撃だ。1兆円超の巨額案件を捨て、収益の柱であるHVや内燃機関へ資源を集中させる決断は、理想より資本の規律を優先する冷徹な生存本能の表れと言える。政策に翻弄される供給網を切り離し、実利を追求する新時代の経営論理を読み解く。
サプライヤーはダメージを回避

約65億ドルという巨額の契約が消えたことは、LGESにとって確かに痛手だ。ただ、財務上の直接的な打撃は思ったほど大きくない。幸いなことに、この契約のために専用の生産ラインへ設備投資を進める前の段階だったため、無駄になる費用が最小限で済んだ。電池メーカーの側からすれば、完成車メーカーの販売計画が崩れたときに抱え込むはずだった資産の傷を、低い水準で避けられたことになる。
LGESはポーランドにある工場の生産能力を、メルセデス・ベンツなど他の欧州メーカー向けに振り向ける方針を示している。特定の顧客だけに頼らない供給体制を組んで、稼働率を保とうとしている格好だ。
供給先の切り替えが素早く行われている事実は、電池メーカーが特定の完成車メーカーと運命を共にする従来の「系列」的な関係から抜け出し、より柔軟に顧客を持つ自律的な存在へと変わりつつあることを浮かび上がらせた。
この事例が示すのは、政策や補助金に左右されやすいEV市場で、特定の企業だけに寄りかかる供給の仕組みが、経営の脆さを増幅させるリスクだ。今後は、長期の固定契約という枠を超えて、市場の変動に合わせてリソースを機動的に配分できる供給能力が、競争上の優位を決めるだろう。
サプライヤーにとっては、特定のメーカーの要望に応じた専用投資を抑え、複数の顧客を相手にした汎用的な生産体制を作ることが、生き残るための条件になっているのだ。