“西武王国”崩壊から20年――「鉄道は所沢、経営は都心へ」 沿線の常識を捨て、あえて拠点を切り分けた33年目の決断
西武グループは1986年に所沢に本社を移転後も、本店所在地は池袋の旧本社ビルのままだった。2019年、持株会社や不動産・ホテルの主要3社が「ダイヤゲート池袋」に移転し、約400人のスタッフが池袋へ戻った。沿線と全国の現業部門を踏まえた本社最適化で、池袋・所沢の2拠点体制が定着した。
本社移転の逆行

西武グループの主要3社が所沢から池袋に本社を移転すると発表した際、違和感を覚えた人もいるだろう。
西武グループが池袋から所沢に本社を移転したのは1986(昭和61)年である。当時、東京都区部に本社を置いていた大手私鉄のなかで、沿線の中間都市に本社を移したのは西武が初めてだった。
その後、京王が1988年に新宿区から多摩市に本社を移転し、京成は2013(平成25)年に墨田区から市川市に移転、京急は2019年に港区から横浜市に移転した。小田急は本社自体は移さなかったが、2023年に本社機能の一部を海老名市に移転し、新宿と海老名の2拠点体制としている。
横浜駅が沿線最大の乗降客数を誇る京急は事情がやや異なるものの、全体としては都区部から沿線中間都市への本社移転の流れである。西武グループの2019年の3社移転は、これとはほぼ逆方向の動きといえる。
西武グループが先鞭を付けた大手私鉄の沿線中間都市への本社移転には合理的な理由があった。大手私鉄は伝統的に沿線郊外の不動産開発に注力しており、都区部に比べて現場に近い中間都市に本社を置く方が利便性が高かった。
また、都区部の一等地にある老朽化した本社ビルをそのまま使うより、建て替えや再開発を通じて売却した方が経済的に得策という事情もあった。
さらに、東京都区部の通勤ラッシュを緩和するために、本社スタッフを沿線方向に向かわせる意味合いもあった。ただし、通勤全体の人数から見れば、その効果は小さいものである。