一歩間違えば「渋い駅舎」に! なぜ東京駅は「欧風レンガ造り」にこだわったのか? 都市の玄関口が回避した「和風の危機」
東京駅赤レンガ駅舎は1914年完成。辰野金吾が美と都市交通機能を両立させ、鉄道網の接続性と都市景観を意識して設計した日本の玄関口として、街と経済活動の中枢を支える象徴となっている。
42万円から250万円へ――予算が語る決断

当時、丸の内周辺は洋風建築が並ぶエリアだったが、バルツァーのデザインはお寺の瓦屋根を思わせる渋いもので、周囲との調和はあまり考慮されていなかった。
美的価値は高いが、都市の交通ハブとしての利便性や利用者動線の効率は十分とはいえず、都市交通の観点では課題が残る構想であった。現代でも、用途よりデザインを優先した公共施設が見られることを考えると、この傾向は当時から存在したことがうかがえる。
こうして東京駅の構想はバルツァーから辰野金吾に引き継がれた。辰野は当時、日本銀行本店、中央停車場、国会議事堂の構想を手がけたいと公言しており、都市インフラと建築デザインを両立できる人材として自然に選ばれた。辰野は3案を提示し、当初の予算42万円は後に65万円、最終的には250万円まで増額された。潤沢な予算は、駅舎の規模や構造、利用者利便性を向上させる構想に活用された。
赤レンガを採用したことは、周囲の都市景観との調和だけでなく、駅舎としての視覚的信頼感や利用者の安心感にもつながった。辰野は海外留学の経験を活かし、コンクリートを用いた場合の耐久性や施工性も理解していたが、都市景観や利用者体験を重視して最終判断を下した。
結果として東京駅は、都市交通の中枢としての機能と、街の象徴としてのブランドを両立する構想となったのである。