日産は復活できる! そのカギになるのは「非日常感」―― 「西部警察」から「EV」改革へ、80年超のDNAが繋ぐブランド再構築戦略とは【リレー連載】頑張っちゃえ NISSAN(2)

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昭和期ドラマで未来感を演出した日産は、1947年の初EVから2010年リーフまで約80年の電動化技術を蓄積。コンセプトカー公開やDX融合で非日常体験を提供し、ブランド再評価の鍵を握る。

ブランド価値の再構築戦略

2025年8月25日発表。主要12か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)
2025年8月25日発表。主要12か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)

 日産の魅力は、電気自動車(EV)の歴史の長さにもある。戦後、石油不足に陥った日本で、いわゆる「たま電気自動車」を開発した。水力発電の余剰電力に着目した取り組みである。1947年に製造されたこのEVは、日産初の電気自動車として知られ、タクシーにも活用された。鉛蓄電池を搭載し、最高速度は時速35km、一充電走行距離は65kmを誇った。

 その後はエンジン車開発に注力したが、平成に入りEV開発は再び活発化する。1996(平成8)年のプレーリージョイEVは、世界初の円筒型リチウムイオン電池を搭載した市販EVである。法人向けリースを軸に、最高速度120km、一充電航続距離200km以上を実現し、高い実用性と極地対応の堅牢性を兼ね備えていた。さらに約2年後に登場したアルトラEVは、当時の世界最長航続距離を達成し、日本と米国で約200台が販売された。2000年にはハイパーミニEVが登場し、青春コメディー映画「スリープオーバー」にも登場してメディア露出によるブランディング効果もあった。

 2010年にはリーフが登場し、「ゼロ・エミッションの時代」を象徴する量産EVとして普及した。中国市場向けのシルフィゼロ・エミッションやニッサンIMk(軽EVコンセプトカー)へとつながる日産のEVは、独自の力強くスムーズな走行と静粛性を実現し、次世代運転支援やコネクティビティ機能との融合にも成功している。EVとデジタルトランスフォーメーションの世界観を提示してきたことは、日産の未来感醸成力を示す。

 日産はまた、スカイラインコンバーチブルなど次世代技術やデザインを体験できる車両を提供してきた。現在の市場構成を踏まえると、ニーズのあるセダン分野での差別化戦略は有効である。セドリックブランドの復活は、高級セダンのブランド価値再構築という意味でも注目される。実用性と非日常感を両立させる市場独自性の確保が、日産が歩むべき次の道である。

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