江ノ電ファン必聴? 「路面電車が往くこの街で……」 新進気鋭女性シンガー・井上園子が紡ぐ、じっと我慢を超えて夢を引く街の旋律
2025年8月、井上園子が江ノ電沿線を描いたCDシングルを発表した。時速15km前後の路面電車と偶然性を象徴に、効率偏重の都市生活で失われた「ゆっくりとした時間」の価値を再提示し、令和世代の共感を呼んでいる。
“くじびき”のメタファーと偶然性の肯定

シングルのタイトルに掲げられた「くじびき」は、偶然性と不確実性のメタファーだ。
「引かなきゃ分からぬことがある」
という一節が示すのは、未来を完全に設計しようとする姿勢への静かな異議申し立てか――成功も失敗も、選び取った結果ではなく、引いた瞬間に宿る運命のようなもの。井上はその不可知性を怖さではなく“たのしさ”として受け止める感性を提示するように見える。
この態度は、変化を脅威ではなく可能性と見る立場に通じる。路面電車がゆっくりとした速度で街を横切る光景と、くじびきという軽やかな偶然の儀式が重なり、未来を過剰に管理しない柔らかな生き方を示しているのかもしれない。
ギターの素朴なピッキング、鍵盤ハーモニカの牧歌的な旋律、パーカッションの控えめなアクセント──どれも1960~1970年代フォークの温度感を思わせる。
だがありがちな復古調ではない。結果として、聴き手は“懐かしさ”と“いま”を同時に感じる多重露光的な時間体験へと誘われる。楽曲そのものに路面電車の“揺れ”が刻まれ、視覚と聴覚が交錯する。歌詞の景色がリスナーの脳内で立体化し、街と個人が溶け合う感覚を生む。