明日は「海の日」 そのルーツは“伝説の船”にあった!──東京・越中島に眠る「明治丸」をご存じか
「海の日」は2025年に30回目を迎える。由来となる明治政府の鉄製灯台巡視船「明治丸」は、明治天皇の乗船を機に海洋国家日本の象徴となった。物流の99%を海運に依存する現代日本にとって、海の恩恵を再認識する節目として重要な祝日である。東京海洋大学で保存される「明治丸」とともに、その歴史と意義を改めて見つめ直す。
物流99%支える海運国家の現実

東京駅から電車で5分、越中島駅から徒歩2分の場所に東京海洋大学越中島キャンパス(江東区)がある。ここには、近代日本の発展に貢献し、80年にわたり日本の海のために役割を果たした伝説の船が保存されている。それが「明治丸」である。この明治丸は、その重要な役割から現在の「海の日」の起源となっている。
国民の祝日である「海の日」は、「海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う」日だ。日本は四方を海に囲まれた海洋国家であり、
「物流の99%以上」
を海運に依存している。海は生活に欠かせない存在である。なぜ「海の日」と「明治丸」が結びつくのか。その歴史は明治時代に遡る。
明治初期、それまで石積みの台の上に小屋を建てて木を燃やしていた日本式灯台に代わり、洋式灯台が登場した。これは、米国・英国・フランス・オランダの4か国と結んだ江戸条約に基づき、灯台を建設することが決まったためである。これにともない、灯台の測量やメンテナンスを行う灯台巡視船が必要となった。
灯台の数が増え、最新鋭の船が求められた明治政府は1873(明治6)年、英国・グラスゴーのネピア造船所に灯台巡視船を発注した。1874年に完成した船は「明治丸」と命名され、翌1875年に横浜に回航された。
全長68.6m、速力は11.5ノットで、推進力にはスクリュープロペラを採用している。建造当初は2本マストのトップスルスクーナー(三角形の帆)だったが、1898年に3本マストのシップ(横帆)に改造された。