東京の都心になぜ「1丁目が存在しない町」があるのか──住居表示の合理化が壊した町の誇り、いまも残る地名のねじれとは

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東京都心に点在する「1丁目がない町名」の謎は、住居表示制度導入時の住民と行政の複雑な攻防の産物である。1960年代以降、合理化と地域アイデンティティの衝突から一部地区では住居表示が部分的にしか実施されず、住所体系の不整合が郵便・行政サービスに影響を及ぼしている。近年では旧町名復活の動きも進み、住所は単なるコードから「記憶と誇りを繋ぐ地域の象徴」へと変化しつつある。

枝番・飛番増加が招く混乱

大阪市中央区上町(画像:(C)Google)
大阪市中央区上町(画像:(C)Google)

 町名の維持が原因で、特異な住所体系が生まれた例が大阪市中央区の上町である。かつての南区と東区の両方に「上町」が存在していた。本来であれば、いずれかを2丁目として整理すべきだったが、双方が「昔からの上町である」と主張し対立。最終的には「大阪市中央区上町A~C」という変則的な表記で折り合いをつけた。

 住居表示をめぐって意見が割れた地域では、

・枝番・飛番・欠番の発生
・町境の飛び地化

など、制度本来の目的に逆行する現象が多く報告されている。結果として、地図や郵便配達、ナビゲーションシステムの運用にも支障が生じているのが実情だ。

 こうした経緯を受け、近年では旧町名の復活を正式に制度化する動きも出てきた。例えば金沢市では、住民の申し出に応じて旧町名を復活できる「旧町名復活条例」を制定。過度な合理化が地域の歴史や文化、そしてアイデンティティを損ねたことへの反省に基づく措置である。「町名を消す」のではなく「受け継ぐ」姿勢が徐々に広がり始めている。

 住居表示はもともと、都市の拡大にともなって複雑化した住所体系を整理し、郵便や行政、防災の効率化を目的に導入された制度だった。しかし現在、郵便局や宅配業者は住所情報をコード化して処理しており、多少の町名の歪みや欠番があっても配達に支障はない。デジタル地図やナビゲーションも緯度経度で管理されており、整然とした丁目構成の必要性は薄れている。

 その結果、町名・丁目・番地といった要素は、制度上の識別記号というよりも、人間が地域を認識し、記憶し、つながるための記号としての役割へと変化している。

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