「戦車 = 絶対必要」は大間違い? 軍事オタクごり押しも、本土決戦論の空洞と「撃ち漏らし」想定の限界
中国の上陸戦や米軍来援を前提に「戦車不可欠論」を主張する声が根強い。だが、それらは現実性を欠いた想定にすぎない。戦史と軍事合理性を踏まえれば、平時の戦車整備は必要性に乏しい――元自衛官が冷徹に切る「戦車信仰」の危うさ。
「撃ちもらし上陸論」の無理

第2は「上陸部隊は海空戦力では阻止できない」の無理である。
いわば「撃ちもらし上陸論」である。敵国が上陸戦を決意した場合、海空自衛隊では完全撃破できない。その残余が上陸するので戦車は不可欠との主張である。
これは全く非現実的である。なぜなら、上陸船団の3割も撃破すれば作戦は中止となるからだ。その段階で上陸側は戦力不足である。兵員や兵器、物資もまた3割の消耗している。そうなると上陸戦はうまくは行かない。作戦目的は達成できないとみてよい。
作戦を継続しても損害は増えるだけでもある。船団が行きで3割沈めば帰りも3割沈む。上陸部隊に至っては全滅する可能性も高い。実際の戦史をみても「撃ちもらし上陸」の例はない。名は秘すが、有名な戦史研究家もこれについては
「3割沈んだ上で上陸戦を敢行した例は、ア・バオア・クー攻略戦しか知らない」
と一蹴している。そして、この「撃ちもらし上陸論」は戦車の不可欠性を補強する内容でもない仮に、撃ちもらしが上陸しても孤立した小部隊に過ぎない。後続部隊の到着も補給も期待できない根無し草である。
その点でどうとでもなる。戦車を持たない沿岸防備部隊でも前進は阻止できるし、海空戦力の支援下で撃破掃蕩もできる。
あるいは「放置でよい」ともなる。任務を達成できない以上、当の上陸部隊は前進よりも部隊の保全を図る。それなら竹矢来で囲めば終わりだ。