茨城空港「首都圏第三空港」の夢は消えた?――常磐線アクセス改善で“マイルドな地方空港”へ変身、今後を考える

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開港から15年が経ち、茨城空港のポジショニングは大きく変化した。首都圏を背負わないかたちで進む「地方空港化」は、ゆるやかな成長なのか。それとも静かな限界なのか。

共用空港化に潜む地域格差

JR石岡駅のホームに向けて設置された茨城空港の看板(画像:菅原康晴)
JR石岡駅のホームに向けて設置された茨城空港の看板(画像:菅原康晴)

 茨城空港は2010(平成22)年、航空自衛隊百里基地を活用するかたちで開港した。自衛隊と民間の共用空港としてのスタートだった。

 開港当初、「首都圏第三空港」として大々的に喧伝されたが、定期便の就航はゼロ。政策的な目論見とのズレは大きかった。

 茨城県と地元14市町村は1996年に推進協議会を設立し、開港に向けた準備を進めた。しかし、開港後の周辺自治体による支援は、いま振り返れば積極的だったとはいい難い。

 第三空港構想の背景には、羽田・成田両空港の過密に加え、自衛隊基地を活用しながら地域振興を図りたいという茨城県の思惑があった。

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