昭和の自動車教習所、なぜ教官は「ヤンキー」風だったのか? しかも指導は「鬼教官」スタイル! 今じゃありえない? その裏に隠された激動史を辿る

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1970~90年代の日本の自動車教習所では、教官の厳しさが社会規範として根付いていた。しかし、当時の「ヤンキー教官」像は、経済成長と交通事故多発の背景から生まれた一方で、その過剰な指導方法に対する反省も見られる。

教習所の競争激化と優しい指導

自動車教習所(画像:写真AC)
自動車教習所(画像:写真AC)

 これはすべて過去の話だ。現代の教習所では「優しい指導」が当たり前になっている。

 この流れは平成中頃から始まった。例えば、2002(平成14)年9月10日付の『福井新聞』は、鬼教官が過去の話になったと報じている。記事では、個人送迎や受講者が教官を採点するシステムを導入した教習所があることも紹介している。この転換が起こった理由も明確に書かれている。

「少子化を背景に、自動車学校の免許取得者確保合戦が激しくなってきた。生徒に指導員を採点してもらい教習環境向上に役立てたり、個別送迎に応じたりとサービスも過熱気味」

昭和のように人口が増えていた時代とは違い、平成に入ると生徒獲得が重要な課題となった。警察庁の「運転免許統計」によると、新規の運転免許交付数は2011年に121万1478件だったが、2023年には115万9082件まで減少している。

 自動車教習所が淘汰される時代に突入したため、サービス業として「優しく・丁寧に教える」スタイルが標準となった。

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