昭和の自動車教習所、なぜ教官は「ヤンキー」風だったのか? しかも指導は「鬼教官」スタイル! 今じゃありえない? その裏に隠された激動史を辿る

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1970~90年代の日本の自動車教習所では、教官の厳しさが社会規範として根付いていた。しかし、当時の「ヤンキー教官」像は、経済成長と交通事故多発の背景から生まれた一方で、その過剰な指導方法に対する反省も見られる。

映画とテレビが描く教習所像

教習所と不良イメージ(画像:イラストAC)
教習所と不良イメージ(画像:イラストAC)

 自動車教習所の教官といえば、特に1970〜1990年代に免許を取った世代には、「ヤンキーみたいな怖い人」という印象が強かった。パンチパーマにがっしりした体格。威圧的な口調。そんな教官像は、当時の大衆文化にもたびたび登場した。たとえば1994年の映画『免許がない!』。片岡鶴太郎が演じた暴田豪という教官は、まさにその典型だ。口調はぞんざいで、態度も威圧的。見るからに“鬼教官”だった。もっとメジャーな例もある。日本テレビ系列で1985〜1996年に放送された『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』。その中の人気企画「江戸っ子おやじ 運転免許に挑戦!!」に登場する鬼教官もまた、昭和的教官像の代表格だった。

 SNSでは今でも「昔の教習所の教官は怖かった」といった回想が多く見られる。

「ヤンキーみたいな教官にヤンキーが怒られていた」

といった証言もある。筆者(昼間たかし、ルポライター)も1990年代に関西地方の教習所で免許を取った際、ヤンキーや

「その筋の人を思わせる風貌」

の教官が多かったことを覚えている。もちろん、見た目が威勢がよくても丁寧に教えてくれる教官が大半だった。しかし、荒々しい態度の教官がいたのも事実だ。では、なぜこのヤンキーみたいな怖い教官が多く見られたのか。その背景を歴史的・社会的な観点から探ってみたい。

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