「北陸新幹線 = 無駄な公共事業」 20年前の批判は一体何だったのか? 未来予測の誤算、開業後の経済効果に衝撃! 地方再生を阻む「思考停止」とは
巨額投資に挑んだ北陸新幹線

整備新幹線のなかでも、北陸新幹線は予想外に地域に劇的な変化をもたらした。構想から着工、開業に至るまで、数十年間、北陸新幹線は「巨額の税金を投じる無駄な公共事業」として批判されていた。こうした批判の背景には、当時の社会経済情勢が大きく影響していた。
ひとつは、巨額な投資に対する不安だ。1980年代は表面上の好景気があったが、その陰で国鉄の巨額債務問題が深刻化していた。このような状況では、新たな鉄道インフラ投資への否定的な意見が強まるのは自然な流れだった。例えば、1987(昭和62)年12月26日付の『産経新聞』朝刊社説は「新幹線着工は見合わせよ」と題し、次のように述べている。
「新幹線の整備を求める地元の熱意はわからないではない。だが、こんな状況の下ではとても建設できるものではない。しかも新幹線を建設した場合は「並行在来線を廃止する」という条件がいまも生きている。同じルートを通る在来線をそのままにしていては、赤字は拡大し、どちらの経営も行き詰まることがはっきりしているためだ」
要するに、新幹線建設は、新幹線自体の経営リスクに加え、並行在来線による二重の経営リスクを引き起こすという論理だ。
さらに、1980年代には鉄道が時代遅れの交通機関とされ、新幹線もいずれそうなるという見方もあった。例えば、1988(昭和63)年に『運輸と経済』48巻7号に掲載された日本経済新聞社金沢支局長(当時)岡田臣弘氏の論文「北陸新幹線は果たして夢を運ぶか」には、次のように記されている。
「そもそも 21世紀に向けた交通手段として鉄道がふさわしいのか改めて検証する必要がある。かりに北陸新幹線を着工しても完成は今世紀末で、世は宇宙旅行の大衆化がタイムテーブルに乗るとき。地上では個別輸送手段としての自動車と並び、大量輸送のためのリニアモーターカーが走っているかもしれない。北陸新幹線は今日のSLと同様、「昔のロマン」をかきたてる動く博物館でしかなくなっていないとの保証がどこにあるだろう」
現代の視点では、公共交通の持続可能性や環境価値への認識が欠落していることに驚かされる。しかし、当時はこれらの未来観が一定の影響力を持っていた。
「鉄道時代遅れ論」は、東海道新幹線建設時にも存在したが、国鉄の債務問題が重なり、より有力な反対理由となった。
1990年代後半、橋本龍太郎内閣の財政構造改革が本格化すると、整備新幹線は「無駄な公共事業」としてさらに厳しい批判を受けるようになる。