小湊鉄道「京成グループ再編」から置き去り? なぜ対象にならなかった? 100周年でも赤字続き…過去には壮大な直通計画も! 独立維持か再編か

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日本の地域交通の要である小湊鉄道が、設立100周年を迎えた。しかし、コロナ禍での大幅な赤字やインフラ投資の遅れなど、依然として経営難に直面している。これからの100年を支えるためには、地域の支援と新たなビジョンが不可欠だ。

鉄道再編の明暗

小湊鉄道(画像:写真AC)
小湊鉄道(画像:写真AC)

 2025年3月のある休日、筆者(大塚良治、経営学者)は松戸駅から新京成線に乗った。車内や駅では、残りわずかな新京成線での時間を楽しむ人々の姿が見られた。

 同年4月1日までに、京成電鉄は新京成電鉄の吸収合併を完了し、傘下のバス・タクシー事業を再編する。さらに、関東鉄道をはじめとする茨城県内のグループ会社を、京成電鉄100%出資の京成電鉄茨城ホールディングスの傘下に組み込む計画だ。

 今回の京成電鉄グループ再編の対象外となった主な鉄道事業者には、

・北総鉄道
・千葉ニュータウン鉄道
・成田空港高速鉄道
・舞浜リゾートライン
・小湊鉄道

がある。これらの会社が再編の対象とならなかった理由として、京成電鉄以外にも有力な株主が存在する点が挙げられる。

・北総鉄道:千葉県などの関係自治体と都市再生機構が出資
・千葉ニュータウン鉄道:北総線の鉄道施設を保有する第三種鉄道事業者で、本社は京成電鉄本社内に所在
・成田空港高速鉄道:JR東日本などが出資
・舞浜リゾートライン:親会社のオリエンタルランドが三井不動産などと共同出資

 小湊鉄道は九十九里鉄道から過半数の出資を受けているが、かつて京成電鉄の連結子会社だった時期がある。現在も京成電鉄と九十九里鉄道の間に直接的な資本関係があるかは不明だ。

 本稿では、小湊鉄道の歴史に触れつつ、なぜ京成電鉄グループ再編の対象とならなかったのかを考察する。まずは、小湊鉄道が鉄道第1期線として五井駅~里見駅間(25.7km)の営業を開始し、100年を迎えるまでの経緯を簡単に振り返ろう。

小湊鉄道の歴史

五井駅自由通路から五井機関区を望む。2025年3月7日撮影(画像:大塚良治)
五井駅自由通路から五井機関区を望む。2025年3月7日撮影(画像:大塚良治)

 小湊鉄道は1917(大正6)年5月19日に千葉郡千葉町(現・千葉市中央区)で創立され、安田保善社(安田不動産の前身)の資本参加にともない、1920年5月5日、東京府東京市日本橋区(現・中央区)へ本社を移転する。

 1925年3月7日には、鉄道第1期線が営業を開始し、1928(昭和3)年8月19日に五井へ本社を移転している(小湊鉄道ウェブサイト)。

 後年に、京成電気軌道(現・京成電鉄)の関係会社となるのは、1943年9月26日のことである(『京成電鉄100年の歩み』)。

 2025年3月7日、五井駅などにおいて100周年を祝う式典が開催され、翌8日は、小湊鉄道線(五井~上総中野間、39.1km)が全線乗車無料となる「記念フリー乗車デー」が行われ、列車や駅は賑わいを見せた。

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