小湊鉄道「京成グループ再編」から置き去り? なぜ対象にならなかった? 100周年でも赤字続き…過去には壮大な直通計画も! 独立維持か再編か

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日本の地域交通の要である小湊鉄道が、設立100周年を迎えた。しかし、コロナ禍での大幅な赤字やインフラ投資の遅れなど、依然として経営難に直面している。これからの100年を支えるためには、地域の支援と新たなビジョンが不可欠だ。

文化財駅周辺の地域活性化と鉄道

令和4年度、小湊鉄道の営業収益(画像:大塚良治)
令和4年度、小湊鉄道の営業収益(画像:大塚良治)

 記念フリー乗車デーの日に、千原線との接続予定駅である海士有木駅で降りてみた。2面2線の交換可能駅で、駅舎は2017年5月2日に国の登録有形文化財となった木造建築である。

 駅を出発して1km強離れた山倉バス停へ徒歩で移動し、五井駅東口行きの小湊鉄道バスに乗車する。最初は空いていたが、市原市役所とアリオ市原バス停でまとまった乗車があった。小湊鉄道線周辺でも、鉄道駅から離れた場所に商業施設や行政機関、医療機関などが集積する。別の日に茂原駅から小湊鉄道バスで訪問した千葉県循環器病センター(市原市鶴舞)も最寄りの上総鶴舞駅から約2km離れている。

 同センター周辺にはほかに、市原鶴舞バスセンター(BC)があり、BCには一般路線バスのほかに、都内などを結ぶ高速バスが発着する。コンビニエンスストアと駐車場などを併設しており、訪問したときは多くのドライバーで賑わっていた。冷暖房やトイレが完備された待合室では、散歩中の地元住民同士が談笑していた。どうやら地域の交流拠点としても機能しているようだ。上総鶴舞駅周辺にほぼ何もないのとはあまりにも対照的だ。

 ちなみに、茂原駅と上総鶴舞駅・上総牛久駅などを結ぶ小湊鉄道バスは、南総鉄道線の廃線跡とほぼ併走する。南総鉄道線は1939(昭和14)年2月28日限りで廃止された後もバス部門は残り、笠森自動車と商号を変更し存続したが(小湊鐵道Facebookページ)、袖ケ浦自動車に買収される(『続長柄町史』)。1947年7月1日、袖ケ浦自動車は小湊鉄道と合併し、現在まで続く同社のバス部となっている(小湊鉄道ウェブサイトおよびFacebookページ)。

 そのバス事業が、小湊鉄道で最も多くの営業収益を計上している。2022年度の同社の全営業収益約46.8億円のうち、鉄道事業営業収益は4.1億円で全営業収益の8.8%であるのに対して、バス事業を含む自動車事業営業収益は鉄道のおよそ9倍の約37.1億円で全営業収益の79.3%を占めている。

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