阪神淡路大震災で衰退! 「六甲アイランド」は再生できるのか? 人口減少と震災の傷跡、広がる再開発の挑戦とは

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神戸市の代表的な人気スポットだった東灘区の六甲アイランドは、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに急速に衰退した。あれから30年が経過し、かつての活気を失ったこの街は現在どうなっているのか。

震災で消えた繁華街の光景

中心部に設けられた人工の親水空間(画像:高田泰)
中心部に設けられた人工の親水空間(画像:高田泰)

 六甲アイランドは街開き直後、各地から大勢の人が集まった。けん引役はマリンパーク駅近くに整備されたレジャー施設「六甲ランドAOIA(アオイア)」だ。開業は1991(平成3)年。50本のウォータースライダーを備えたプール、ふたつの遊園地があり、年間約200万人を集めてアトラクションに長い列ができていた。

 六甲アイランド自体も注目を集め、米国の日用消費財メーカーP&Gが日本本社を開設したのをはじめ、インターナショナルスクールのカナディアン・アカデミーが移転してきた。外国人が多数居住する国際色豊かな街は、若者のあこがれだった。

 だが、震災がすべてを変えた。アオイアは壊滅的な被害を受けて開業からわずか3年半で営業を断念する。六甲アイランドを人気スポットに押し上げたけん引役は、あっけなく消えた。

 住宅街に倒壊などの被害が出なかったものの、あちこちで液状化が発生した。そのうえ、六甲ライナーの橋梁が落下して7か月間、運行がストップする。本土との交通をほとんど六甲大橋に頼っていたことが裏目に出て、六甲アイランドは孤島と化した。水道水やガスの供給も止まった。

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