「役所仕事の大失敗や」 神戸・新長田“震災復興”30年の終焉に、誰も喜ばないワケ! 再開発が抱える深刻問題とは
1995年の阪神・淡路大震災で最も大きな被害を受けた神戸市長田区の新長田地区では、復興の再開発事業が完了した。しかし、規模に見合わない開発があちこちに重い負担を残している。
増加した住民、戻らぬ地権者

震災前の長田区は靴メーカー約230社が集まる靴の街で、戦災を免れた木造住宅や商店、工場が密集していた。大正筋商店街は約300mのアーケード街に100以上の店舗があり、地元の人でにぎわっていた。
しかし、阪神・淡路大震災がそんな長田区の日常を消し去った。震災の激しい揺れのあと、火災が発生する。商店街や靴工場は灰になった。長田区内の死者は約920人。全壊建物1万5000棟以上、焼失建物5000棟近くを出し、靴工場は約8割が操業不能に陥った。震災で最も大きな被害が出た地区として有名だ。
市は震災から2か月で震災復興の都市計画を決定し、新長田駅前から大正筋商店街にかけた
「19.9ha」(一辺が446mの正方形に相当)
で再開発事業を始めた。市が土地などを買収し、再開発ビルの区画を販売する仕組み。整備した再開発ビルは44棟、供給された住宅は約2800戸、商業業務施設は延べ約10万5000平方メートル、総事業費は約2280億円に及ぶ。
その結果、居住人口は震災前の約4500人が1.4倍の約6100人に増えた。しかし、震災前の地権者約1600人のうち、戻ってきたのは4割程度。商業区画に売れ残りが続出する。残った区画がすべて売れたとしても赤字額は320億円以上。処分できなければ
「約500億円」
という散々な結果になった。