1983年『スチュワーデス物語』で爆発的人気! 客室乗務員はどのようにして「おもてなしの達人」になったのか? 戦後の日本を彩った「憧れの職業」の進化とは

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日本初の客室乗務員が誕生した背景には、戦争や社会の変化が大きな影響を与えている。最初は「エアガール」として登場し、その後「スチュワーデス」や「CA」と呼ばれるようになった。女性の社会進出や航空業界の発展とともに、客室乗務員の役割や呼称も変化していった。

CA導入とジェンダーの変化

山口誠『客室乗務員の誕生』(画像:岩波書店)
山口誠『客室乗務員の誕生』(画像:岩波書店)

 1988(昭和63)年に全日空がスチュワーデスの呼称をCAに変更する。

 スチュワーデスがジェンダーを固定化する女性名詞であり、それを避けるために導入されたわけだが、海外で一般的だったフライト・アテンダントでもキャビン・クルーでもなく、キャビン・アテンダントという和製英語的な名称となった。

 当初、キャビン・アテンダントという呼称は定着せず、例えば、バブルの崩壊とともに登場した時給制の客室乗務員も「アルバイト・スチュワーデス問題」として論じられた。
 しかし、2006(平成18)年にフジテレビ系列で放送された『アテンションプリーズ』などをきっかけにCAの呼称も次第に定着し、「おもてなしの達人」としてのイメージも形成されていく。

 不景気によって、花形の職業としての「スチュワーデス」は消えたが、「マナーや感性に優れた人」としてのイメージはCAになっても生き残ったのだ。

 本書は、客室乗務員の歴史をたどりながら、日本社会の変化や、客室乗務員を目指した若者の変化、女性への視線の変化など、さまざまなことを教えてくれる内容になっている。

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