「人力車夫」の知られざる残酷史! いまやイケメン&1000万プレーヤー登場も、かつては日本近代化の餌食となっていた
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人力車夫は、日本における交通手段として歴史があるが、一方で社会的には低級な職業として位置づけられてきた。しかし、近年はインバウンドの増加により需要が急増し、高収入を得られる職業として見直されつつある。
人力車夫の厳しい現実

さて、この本は、さまざまな職業でなるべく楽をしてもうける方向性の記述が多い。あたかも現代における情報商材をほうふつとさせる。こうしたものを読んで、食い詰めた果てに人力車夫はもうかると考えた人も多かったのではないかと考えられる。
ただ、そうはうまくいかないのが世の常である。1903(明治36)年に出版された苦学子なる筆名の『自活苦学生』(大学館)は、苦学を志す若者に向けたガイドブックである。ここでも、人力車夫は学費を稼ぐ手段として取り上げられているが、その厳しい実情も記されている。
「労働中に於いて、蓋し人力車夫なるものは尤も過激の労働であろう、従ってこれに従事せんとするものは、余程の体力と余程の強壮を要するのはいうまでもない。(中略)十分の経験があるものなら、30銭40銭は容易ではあるが、之を新参のものにしては中々容易ではない」
「尤も過激の労働」という表現が、その過酷さを伝える。さらに、この本では駅前など客を拾いやすいところには“縄張り”があることも記しており、体力面以外でも過酷な職業であることを語っている。アプリ登場前の地方のタクシードライバーに似ているかもしれない。
結局のところ、そんな労働を選ぶ理由は、ほかにどうしようもなく……という消極的選択であった。