「人力車夫」の知られざる残酷史! いまやイケメン&1000万プレーヤー登場も、かつては日本近代化の餌食となっていた

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人力車夫は、日本における交通手段として歴史があるが、一方で社会的には低級な職業として位置づけられてきた。しかし、近年はインバウンドの増加により需要が急増し、高収入を得られる職業として見直されつつある。

人力車夫の収入

松原岩五郎『最暗黒の東京』(画像:岩波書店)
松原岩五郎『最暗黒の東京』(画像:岩波書店)

 そもそも、生活に困窮した人たちはなぜ人力車夫を選んだのか。理由は簡単だ。それが

「てっとり早くもうかる商売」

だったからである。1912(大正元)年に出版された勝永徳太郎なる人物が書いた『金儲けの秘訣 不景気知らず』(尚文館)では、人力車夫がもうかる商売として紹介されている。

「地方では、利益の薄い内店業は、家族に任せて置いて、戸主は人力車夫を営るのもの可い。従来小作人ら農間に、小さい旅宿の亭主なども副業にして居た。(中略)月収は諸費を減いて15、6円にはなる」

 15~16円とは今でいえばいくらくらいなのか。物価上昇率は商品やサービスによって異なるため、単純に貨幣価値を比較することは難しいが、三菱UFJ信託銀行のウェブサイトに次のような記述があるので、参考になるかもしれない。

「1913年(大正2年)の企業物価指数は0.647なので、2019年と比べると、1,080倍の差があります。つまり、1円は1080円程度の価値があったといえます。先ほどと同様、当時の給料をもとにして考えた場合、大正時代の小学校の教員の初任給は50円程度だといわれているので、1円は4000円程度の価値があるといえます」

副業として、小学校の教員の初任給の「3割程度」であった。

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