90年代の国産車代表! ホンダ「NSX」という世界初のアルミモノコックボディ量産車【連載】90’s ノスタルジア・オン・ホイールズ(14)

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1990年代は、バブル崩壊後も未来への夢と希望に満ち、国内の自動車産業も活況を呈していた。本連載では、当時のクルマ文化を探るとともに、興奮を読者に甦らせる。

納車まで「3年待ち」

量産車世界初のオールアルミモノコックボディ(画像:本田技研工業)
量産車世界初のオールアルミモノコックボディ(画像:本田技研工業)

 ホンダNSXは発売直後から注文が殺到することとなり、一時は納車まで

「3年待ち」

といわれることとなる。その上、納車済みの車両のなかからは、プレミアム付きで転売される例も多々見られることとなった。いずれもバブル景気ならではの現象とはいえ、それまでの日本車市場では見られなかった、かなり異質な光景だった。

 一方、実際にこのクルマを入手したオーナー間の評価はおおむね好意的だった。もちろんヨーロッパの高級スポーツカー、いわゆるスーパーカーの感覚でこのクルマを購入した一部の人々の間では「物足りない」という評価も散見された。しかし多くの場合、そうした感覚とは異なる、あくまで

「ホンダが手掛けるスポーツカーの形」

として評価する人々が多かったということである。すなわちオーナーの多くはスポーツカーのファンというよりは、あくまでホンダファンだったということである。

 ホンダNSXはこうして日本のホンダが手掛ける、あくまでホンダ流のスポーツカーとして順調なスタートを切ることとなった。国内販売とともに海外への輸出も開始され、そこでも好意的に迎えられた。日本国内価格は確かに高価だったが、諸外国の少量生産スポーツカーと比較してみれば、そのスペックに対しての価格設定はむしろ割安感さえあったといってよいだろう。

 ちなみにホンダはNSXの量産決定を受けて、そのオールアルミモノコックボディを生産するための溶接設備を整えた専用工場を栃木製作所のなかに新設した。NSXの“聖地”といわれることとなる高根沢工場である。

 一般に極めて高価な高性能スポーツカーとは、小さなファクトリーで手作り同然に製造されるものというのがスタンダードだった時代の話である。そのスペックはともかく、完成車はあくまで量産車とするというホンダならではの姿勢はこうしたところにもよく現れていた。

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