鉄道でトラックごと輸送 一世を風靡した「ピギーバック輸送」は2024年問題の助っ人になれるか?
ピギーバック輸送とは、トラックやコンテナを鉄道で“直接”輸送する方法で、主に欧米で行われているが、実は日本でも以前から試みられていた。日本では国鉄末期の1986年11月に導入された。
人気を得た理由

ピギーバック輸送は、JR貨物に移管された後も拡大を続け、1987(昭和62)年には東京~名古屋、東京~広島に路線を拡大し、分割民営化後の4月から6月までの3か月間で
「2400台」
を輸送した。ピギーバック輸送が人気を得た理由には、次のようなものがあった。
・深刻なドライバー不足の解消
・ドライバーの負担軽減
・交通渋滞の回避と定時運行の可能性
特に、定時到着率「98%」だったことが評価されたようだ。
そこでJR貨物は、輸送効率の向上を目指して、ピギーバック輸送専用の新型貨車「クサ1000」を開発し、路線を拡大した。この貨車は輸送効率を向上させた。貨車は特別に開発された4tトラックを使用するように設計された。このトラックは全長6.5mに切り詰められ、容積を増やすために高い丸天井が設けられた。従来は1台の貨車に4tトラック2台を積載できたが、クサ1000では専用トラック3台を積載できるようになった。専用トラックまで開発したということは、今後の需要拡大が見込まれていたのだろう。
日本のピギーバック輸送で特筆すべきは、日本石油(現ENEOSホールディングス)が行ったタンクローリーの輸送だ。石油は大型タンカーで臨海部の精製所に到着する。精製された石油は、日本各地の貯油所(石油タンク)に運ばれ、そこからガソリンスタンドに運ばれる。
タンクローリーで輸送できれば、貯油所の数を減らすことができ、大幅なコスト削減が期待できる。ピギーパック輸送の成功を見た日本石油は、タンクローリー輸送の実用化に着手し、1992(平成4)年に神奈川臨海鉄道の横浜本牧駅から武蔵野線を経由して新座貨物ターミナル駅まで試験運行を開始している。