ド派手な「風俗広告トラック」は街の風景か、単なる害悪か? 東京都の規制強化にちらつく役人の浅知恵、曖昧な規制は表現の自由を侵害する
東京のあちこちで見かけるアドトラック。なかでも、独特のテーマソングを流しながら走る性風俗店などを専門とする求人情報サイトのアドトラックは、もはや東京の“風景”の一部になっている。
登場は1986年

トラックの荷台に広告を設置し、繁華街を移動するスタイルが日本に登場したのは1986(昭和61)年11月とされている。最初は都内の広告代理店が、アメリカ行われていたスタイルをまねて導入したものであった。
当時、この新たな広告は
・地代がかからない
・消費者への訴求力が高い
とされ、大手企業の利用が相次いだ。さらに、1987年4月の統一地方選では、東京都選挙管理委員会が投票呼びかけに利用したことで一躍知名度を高めた。
当初の広告宣伝車は、小型トラックを利用したものが主流だったが、すぐに大型トラックの利用も始まっている。この成功事例を見て全国で同様の広告を取り扱う業者が多数誕生している。
荷台に広告を積むスタイルから一歩進んで、派手な電飾や音楽を流すようになったのは、2000年代に入ってからである。資料を探した限りでは、光る電飾は
「2003(平成15)年」
に、大阪から東京に進出した広告代理店が最初に導入したとされている。誰が始めたかは明確ではないが、この時期から広告宣伝車が派手なものになったのは確かなようだ。