神奈川の謎! 新横浜駅の「南口」がちっとも開発されていない理由

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新横浜駅の北口は多くのビルが立ち並んでいるが、南口(篠原口)はとても同じ駅とは思えないほど地味だ。いったいなぜこんなに差があるのか。

区画整理の中止は2002年

公共減歩のイメージ(画像:さいたま市土地区画整理協会)
公共減歩のイメージ(画像:さいたま市土地区画整理協会)

 話を戻そう。上記の記事にもあるが、北口の区画整理の問題も相当根深かったようだ。

 1989(平成元)年には、横浜市が区画整理の公共減歩(こうきょうげんぶ)で生じた土地を民間企業と交換したことに対し、元地権者が

「趣旨に反する」

として、横浜市に22億6700万円の弁済を求める住民訴訟を起こしたことが複数の新聞に掲載されている。公共減歩とは、区画整理の際に道路や公園などに必要な部分の土地を地権者の所有地から削ることだ。

 この時点で解決困難なことは明らかだが、バブル景気も後押ししたのか1991年頃から横浜市は積極的に区画整理の実施を試みている。

 1991年に横浜市が示した区画整理案では、減歩率を減らすことで住民の理解を求めている。ところが、この交渉過程で横浜市が

「無断測量」

を実施したことで、住民は態度を硬化させた。さらに同時期、横浜市が区画整理案に関する公文書の公開請求を非公開としたことも、さらに火に油を注ぐこととなった。それにもかかわらず、横浜市は1997年7月15日、南口の区画整理事業の事業計画決定を公告している。記事では事業完了を2008年と記している。

 しかし、

「住民を無視した計画」

のため事業は全く着手されなかった。結局、2002年12月に横浜市は地権者約500人の半数が反対していることを理由に区画整理の中止を明らかにした。

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