公道「テストカー」のボディ柄は、なぜあんなに気持ち悪いのか? その裏にあった一歩先行く企業戦略とは
異なる意匠を描く効果

クルマのボディの様な造作物に、その物体が本来持つラインと異なる意匠を描くと、それを見る人物の視覚は錯覚を起こして元々のラインがわからなくなる。第一の効果はこれである。
ちなみに形状そのものではなく表面の模様で錯覚を起こさせるという手法のルーツは古く、第1次世界大戦時にイギリス海軍において、速度が遅く敵潜水艦の餌食になりやすかった輸送船などに対して船体に不規則な線模様を描くといういわゆる
「ダズル迷彩」
を実施したことに端を発する。これは攻撃側に対して目標となる敵艦までの距離や進行方向を誤認させる意味で一応の効果があったとされているが、最終的には明確な理論化には至らなかった。
こうしたダズル迷彩はその効果が不確定なまま、
「何となく効果がありそうだ」
という評価とともに第2次世界大戦においても軍艦や地上構造物などに対して実施されその記録は多数残っている。しかし高性能な光学測距儀(観測対象との距離を測定する光学機器)やレーダーの進化でその効果は第1次世界大戦時以上に限定的だったとも言われている。
不安を逆手に取る作戦

その一方で、あくまで人間の視覚に訴えるという意味でのダズル迷彩は、それがエキセントリックであればあるほど、明らかに見る者に対してある種の不安感を覚えさせるものだった。
人間が例えば軍艦という物体を想像したとき、脳内にはあるイメージが浮かぶ。しかし実際に目にした物体の表面が異様な模様で彩られ、最終的には本来あるべき形状とは違う形に見えてしまう。そういう感覚の不一致的な不安定さを人間の脳は嫌うものである。
これら大昔の軍事上のマニアックな技術に類似したものが近年になって公道テストカーの世界でよみがえった理由は不明だが、関係していたデザイナーの感性に響くものがあったことだけは間違い無い。
その上で既述した通り一部で嫌う人も多数な集合体模様をあえて採用した背景に垣間見えるのは、視覚上の不安感を逆手に取って、
「テストカーの形状ディテールをわかりにくくする」
と同時に
「不安感とともに視線を外させる」
という効果を狙ったという戦略である。
もちろん多くの場合スマートフォンなどによる静止画や動画の撮影が行われるのは現代の常であるし、たとえその瞬間は思わず目をそらした人物であっても、おそらくは後になっては見直すはずである。そして
「今日こんな変わった模様のクルマを見掛けたよ。これって何なんだろうね?」
とSNSなどに投稿することも想定の範囲内である。